幻想即興雑記「人造の夜」
空中を浮遊する無数の発光海月が邪魔で眠れないのでそれを振り切ろうと夜の街を自転車で駆け抜けた。
眩い街の明かりが目にちらちらと刺さる。
このままこの光の中に溶けていってしまいたいような気分だ。
川面に浮かぶ機械仕掛けのアイガモは餌を啄むふりをしている。
祭壇の上には今日も冷凍された痩身の少女が眠っていて、明日の朝には新しいものと取替えられる。
神社の看板には「生きている事に感謝しなさい」と書いてある。
ここの神主もロボットだ。
もう凡ゆる職業はロボットで代替されている。
俺もロボットと似たようなものだ。
俺の身体は全て3Dプリンタで造られている。
心臓も脳も、全てだ。
ネガティブな事は何も考えられないように設計されているらしい。
だからこんな感情になるのはおかしいのだ。
何処かに不具合があるのだろう。
今度、脳と、ついでに網膜も新技術のものに交換してもらおう。
世界中の空は巨大なスクリーンで覆われていて、朝と夜は照明の輝度でコントロールされている。
俺は本物の太陽も月も星も見た事が無い。
夜空には人造のオリオン座が瞬いている。
昔、冬という季節があって、寒かったらしい。
今は空調で徹底的に温度管理されているし、皮膚の温度感覚も鈍めに設計されているので、一年中暑くも寒くもない。
暑いとか寒いとか、それってどんな感覚だろう。
そんな事を考えながら自転車を漕いでいたら目が冴えて一層眠れなくなってしまった。
帰ったら3Dプリンタで作った肉でも焼いて、映画でも観よう。