有明涅槃雑記

(ブログ)

幻想即興童話「プリキュアたまごっちおじさん-Vanishing Point-」

むかしむかしある所に、プリキュアの格好をして、たまごっちを育てているおじさんがいました。
おじさんはいつもどこに行くにもプリキュアの格好をしてたまごっちを手に持っていたので、人々から「プリキュアたまごっちおじさん」と呼ばれていて、その呼び名がある程度市民権を得てくるとそれでは長くて呼びにくいので「プリおじ」と呼ばれるようになりました。

世間の人々はちょっとはみ出した人にはすぐ厳しく白眼視しますが、ある程度突き抜けてしまった人に対しては逆にもてはやすような傾向がありました。なので、プリおじくらいになると人々は割と寛容に接していました。若い男女や学生などにも人気で、プリおじを見つけると一緒に写真を撮ってSNSなどに投稿するような人も大勢いました。プリおじみたいな存在は稀有なので、内心では少し小馬鹿にしながら、みんな面白がってネタとして消費している所もありました。

ある日、プリおじがいつものようにカラオケで西野カナを歌っていると、若い鬼がプリおじの個室に入り込んで来ました。

「隣の部屋のもんやけど、お前さっきからおっさんのくせに若い女の曲ばっかり歌って気色悪いんじゃ。ほんでなんやねんその格好、プリキュアの格好なんかしやがって、頭おかしいんか」

「聞こえとったんですか。この店壁薄いですからね。でも、カラオケで何歌ってもその人の自由でしょ。それに、他の部屋に入る行為は禁止やって、店の貼紙にも書いてあるでしょう。というか、あなた隣におったんですね、歌う声が全然聞こえへんから隣室には誰もおらへんと思てましたわ」

「うるさいんじゃ。関係あらへんわ。なんかイライラして発散しようとカラオケに来たものの、なんや気怠うて、何にも歌う気がせえへんのじゃ。あーしんど」

「それは何か精神が病んでるんちゃいますか。話やったら聞きますから。まあ落ち着いてください。話せば楽になることもあるでしょう」

プリおじは若い鬼について少々乱暴なところもあるが話せばわかる奴だと思いました。また、若い鬼の重苦し気な表情を見て放っておけなくなり、初対面ではありましたが、カラオケ屋の店員に頼んで同室にしてもらい、鬼が酒が好きだというので普段は飲まない酒も頼みました。

「どうしたんですか。なんか最近嫌な事でもありましたか」

「嫌な事ばっかりやわ。ほんまに、おもんない。毎日同じことの繰り返しやし、なんかあんたが一人で楽しそうにしてたから腹立ってきて、怒鳴り込んでもうたんや。すまんかった」

「ええよええよ。こっちも音痴のおっさんやのに女の歌ばっかり歌って、確かに気持ち悪かったかもしれん。ごめんな」

「いやいや、あんた歌上手かったで。俺は歌が下手やから、正直言うと、ちょっと嫉妬したってのもあるわ」

「ほんまかいな。ありがとう。ところで、毎日同じことの繰り返しや言うてたけど、それは仕事のことかいな」

とまあ酒のおかげもあってか話は弾み、二時間ほど話し、二人はLINEを交換して解散しました。
話したところによると、若い鬼は自動車工場の作業員をしているが、毎日同じ流れ作業にうんざりしていて、腹を割って話せるような友達も恋人もおらず、熱中できる趣味も無く、周囲に良い助言をくれる賢い大人もおらず、つまらない毎日から抜け出したいがどうすればいいかわからなかったようです。
プリおじは自身もはみ出し者であるので、そんな鬼の気持ちがよくわかりました。だから何か相談に乗れるような事があればとLINEを交換したのです。

それからしばらく、若い鬼がプリおじに対して所謂ウザ絡みのようなLINEをし、プリおじも自分の事で結構忙しかったので、それをプリおじが適当にあしらうようなやり取りが週に一、二回あるような日々が続いていましたが、それでプリおじと仲良くなれたと勘違いした鬼は段々と調子に乗って、結構失礼な、プリおじの痛いところを突くような事を言うようになりました。

「プリおじはええなあ自分の好きな事ばっかりしてて。周囲からはキモがられてるけど。俺にはそんなメンタルないわ」

「鬼くんも好きなように生きたらええんやで。誰も鬼くんの自由を奪う権利は無いし、どんな趣味でも楽しんだもの勝ちなんやから。人生は短いんや。好きなようにしなはれ」

「それが出来たら苦労無いわ。お前はそういう才能にたまたま恵まれてたって言うか、頭のネジが外れてただけやろ。あほ。クルクルパーめ。親の顔が見てみたいわ」

「確かにそうかもしれん」

プリおじはその日の夜、生活していた実家の自分の6畳の子供部屋の中でぶら下がり健康器とロープを使って縊死しました。
翌朝、プリおじの母親がそれを発見しました。
プリおじの死はメディアでも取り上げられて世間の人々はしばらく騒ぎ立てましたが、月日とともに忘れ去られてゆきました。
プリおじの死を知った若い鬼もプリおじの死から三ヶ月後に自身の生活していた実家の子供部屋で首を吊って死にました。
若い鬼の死はニュースにもなりませんでした。